爆走日記 ‐アタカマ編⓪‐

2019年9月29日~10月5日、チリにて行われた、『アタカマ砂漠マラソン250km』、完走することが出来ました。皆様の暖かいご支援・応援のおかげです。ありがとうございます。1年半の準備期間を経て挑んだ【7日間のレース】の様子、お届けします!

 

 

大会名称 Atacama Crossing

大会HP https://www.racingtheplanet.com/4deserts

 

総合タイム 50時間20分54秒

順位 47位/88名

日本人 2位/11名

 

そもそも何故?アタカマ砂漠へ?

理由は簡単。サハラ砂漠で出会った、経験豊富なイギリス人のランナーさんに、「どこの砂漠レースが、一番素晴らしい景色でしたか?」と尋ねたら「アタカマ砂漠」と教えてもらったからです。単純。単細胞。

 

その『サハラ砂漠マラソン(通称:MDS)』、2018年4月に挑戦しました。サハラが、はじめての砂漠マラソン。砂漠マラソンとは、7日間かけて250kmの道なき道を、寝袋や食料を背負って進むサバイバルレースです(時々、NHKのグレートレースで特集されているやつです)

 

「サハラ砂漠マラソンに出たい」と、主人に相談した時、得体の知れないものを見るような目つきで、「開いた口が塞がりません」とか、「冗談は休み休み言いましょう」とか、「危ないからやめて」といった回答ばかりが返ってきました。まぁ、普通そうなりますよね。なかなか理解してもらえず、必死に説得したのを覚えています。

 

それが、今回、「アタカマ砂漠マラソンに出たい」と言ったときは、「はい、行ってらっしゃい」と、もう即答。諦めモードのようでした(笑)

 

前回(サハラ)の想いで

運動オンチで、マラソン6年生、100kmマラソン(しかもフラットなサロマ湖ウルトラマラソン)を、3回完走しただけ(しかもギリギリのタイム)の走力で、乗り込んだ『サハラ砂漠マラソン』。

 

何もかも、はじめてのことだらけで、カルチャーショック受けまくりでした。まず、砂漠へ向かうバス(6時間!)に揺られ、「トイレ休憩です」と降り立ったところは、ただのだだっぴろい荒野。「え?トイレどこ?」と、頭の中が???だらけになり、ぷちパニック。

 

酔い止めをもってくるべきだったと激しく後悔して、ようやくたどり着いたキャンプ地。一週間テント泊とは聞いていたけど、目の前にあるのは、どう見ても木の棒に布が被さったもの。これは、テントなのか?と、またもや頭の中が???だらけに。

 

これでもか!っという程の満天の星空に、ブラックホールに吸い込まれていきそうな恐怖感を感じ、美しいとは思えず。顔の上を砂が飛び交う、吹きっさらしのテントで横になった時、とんでもないところに来てしまった!と、ブルブル寒さと不安に怯えていました。

 

もう二度と砂を見たくない

肩に食い込む14㎏+飲み水のリュック。固いアスファルトしかロクに走ったことのない私にとって、ふかふかサラサラの砂の上を走る、というのは未知のこと。沈んでいくばっかりで、前に進まない。どこまで行っても、THE!砂漠!果てしない砂漠の風景。もういいよ、というくらい砂まみれ。「もう二度と砂を見たくない!」と叫びました。砂漠の真ん中で。

 

それが、終わってしまうと、キツかったことがすぅっと記憶からいなくなり、楽しかったことだけが残ります。砂漠で出会えた日本人メンバー、海外の選手、本当に素敵な人たちばかりで、支えあい励ましあいました。

 

一緒に旅をともにした砂漠ファミリーと、お別れすることがとてつもなく寂しく、砂漠が恋しくなり(砂漠ロスと私たちは言っています)、また、この素晴らしい経験をしに行きたい!と、帰りの飛行機の中で、すでに思っていました。

 

サハラからアタカマへ

砂漠マラソンを、ウルトラマラソン(42.195km以上の距離を走るマラソン大会のこと)の延長線だと思っていたけど、トレイルマラソン(不整地の山などを走ること)の要素のほうが強いなぁ、と感じたので、帰国後、トレランの大会に出たり、フルマラソンもスピードアップを目指したり、底力を上げるためのトレーニングを積みました。

 

サハラで寝るとき、凍えそうだったので、寝袋を買い換えました。砂漠マラソン、本当にお金がかかる。エントリー代だけで40万越え、現地までの渡航費は別途、装備品や7日間分の食料の購入、と、ざっと砂漠一回出るのに100万円はかかります(私の場合)。

 

節約できるところは、できるだけ削って直行直帰。LCCで、50時間かけて大移動。またバスに揺られて砂漠への道中、「トイレ休憩です」と降り立ったところは、案の定・・・。もう慣れっこです(笑)ちゃっちゃと済ませます。

 

念願のアタカマ砂漠に、キャンプイン。標高3,000mを優に超える地、酸素が薄く、ちょっとはしゃいで丘に登って記念撮影したりしようものなら、ゼイゼイ息が上がります。死への入口なんて揶揄される『アタカマ砂漠マラソン』。富士山に登っても平気(もう何年も昔のこと)だったんだから、問題ない、すぐに慣れるとタカを括っていました。

 

夕暮れ時、転がっているちょうどいい高さの岩に腰かけて歯磨き。心地いい風に吹かれながら、あぁ、これだ、この解放感が幸せ~、と思っている自分に、サハラの時より成長を感じました。手が届きそうなくらい美しい満天の星空を、もう怖いとは思いませんでした。

 

 

爆走日記 -アタカマ編①‐ へ続く